-018.JAIPURE

20年来の友人である写真家の関めぐみ嬢が撮影の仕事で日本からやってきた。
最近出版したという素晴らしく素敵な手製本の写真集と共に。
イギリスでも毎日びっしり詰まった鬼スケジュールな激務をこなす彼女。
くたくたでオンボロなはずなのに、久々の再会が嬉しく、
夜な夜な我が家でビールやらワインを飲み
己のへなちょこさ加減を激白し合い励まし合った。
この人は昔からとても自分に厳しい。
妥協という文字は、おそらく彼女の辞書にはない。
根っからのクリエイターなのだ。


そんな彼女が写真を手掛けた『JAIPURE』はとてもまぶしかった。



インド北西の町ジャイプールの光景が、
彼女の作品特有の「透明感」があり「淡く」「繊細」でいて、
かつ「生命力溢れる」ようなトーンでまとめられている。
写真の一枚一枚に彼女のインドに対する愛情のような優しい気持ちを感じ取る事ができる。
この本に登場する普通の人々の眼差しを見ていると、その視線の先にあるであろう日々の雑踏や
彼らの人生を想像してしまい、なぜだか目頭が熱くなる。
・・・世界は広いなぁ。

一冊一冊異なる表情を持つ手製の装丁に関しても
こんなにカワイイ本を作れる人々が世の中には居るんだなという事にまず驚き、
とても彼女らしい完成度の高さと気の効いたジョークの仕掛けにもほくそ笑む。

 

 



この本をどうしても見せたい人が居た。
子供を通じて知り合い仲良くなったインド人の友人、ルビィ。
穏やかでジェントルなジャマイカ人の旦那様と2人の美しい娘さん達という家族構成で、
近所に住む我々は家族ぐるみでパブディナーに行ったり、子供達も季節の行事を一緒に楽しんだりと、
常日頃からお世話になっているご家族である。


多民族国家のイギリスにはとても多くのインド人やアフリカ人、アラブ系や華僑の人々が暮らしている。
ルビィのように両親が若い頃母国からイギリスへやってきて移住し、
その子供たちは生まれも育ちもイギリスで、
容姿、肌の色こそ違えど物の考え方はほぼイギリス人、という人々が多くいる。
英語の発音だって完全にイギリス人のそれだ。


ルビィの素晴らしいところは40歳になる数年前から一念発起して司法の道を目指し、
国家資格取得のための勉強を始め大学にも通い始めたという経歴。
2人の子供を育てながらそれはそれ大変な苦労をして情熱を持ち続け、超難関な試験も突破。
41歳になる現在は念願の司法に関する仕事を得、フルタイムでバリバリ働いている。
決断も早いし実行力もある。
ジャマイカンの旦那様もこれまた素晴らしいお人柄で、各国を飛び回るようなビジネスマンでありながら、
素朴で気取りも一切なく、優しさの塊のような人である。
穏やで温かく、かつたくましく、いつも彼女を側で支え続けている。


週末にルビィと一緒にロンドンへ行く事になり、リバティで思う存分目の保養をした。
お互いの買い物終了後、ルビィといえば両手に抱えきれない程のリバティバッグを持ち
「クリスマスの贈り物は全部済ませたわ!」と華やかに笑った。
豊かな資本主義国家で生まれ育った、買い物大好きな明るく聡明で気持ちのよい女性である。



そんな絵に描いたようなイギリス生まれ、イギリス育ちの現代女性な彼女であるが、
実はお母様との間にはとても深い溝を抱えている。


10年前にルビィが旦那様と出会い結婚を決めた際お母様は結婚を大反対。
ーーー理由は、彼が「黒人」だから。
その後この問題は解決する事なく、遂に親子の縁を切るに至ったそうだ。
以来10年間、お互い同じイギリス国内に住みながらも、
彼女は一度もお母様とは会っていない。
美しい孫達が産まれてもお母様の心は閉ざされたまま、
決して会おうとはしなかったのだそうだ。


「母との問題に関して、この状況にいる自分にはもう慣れた。
でもね、娘が聞いてくるのよ。どうしてマミーはお母さんと会わないの?って。
私は正直に答えたわ。『ダディとの結婚を許して貰えなかった』と。その背景もね。
それは正直ものすごくしんどい事よね。夫も悲しんでいるし、苦しんでいる。」


ロンドンの和食レストランで天丼とビールで一杯やりながら静かに話したこの会話、
普段底抜けに明るく聡明なルビィが見せる深い苦悩、悲しみを思い胸が痛んだ。
彼女にずっと見せたかったモノ、その日持参していた『JAIPURE』を鞄から取り出した。
感嘆の声を上げ1ページ1ページ、とても丁寧にしっかり見据えながらページをめくる。
目を輝かせ、心を震わせるような眼差しでインドの光景に見入るルビィ。
そしてある1ページに目を留めた。


「あぁ、この村。私の両親はまさにこういう所の出身なの。私のルーツなのよね・・・。
彼女の写真は、本当に優しくて儚げで美しいわね。
いつかね、娘達を私の両親の故郷に連れて行きたいと思っているの。
夫の故郷のジャマイカにはすでに上の娘を連れて行ったわ。
彼女はジャマイカをものすごく気に入ってるのよ。」


ルビィ自身インドに行ったのは子供の頃両親に連れられて行った、「たった一度きり」なのだそう。
常日頃からルビィのインドに対する憧憬の念はとても優しく温かい。
自分のルーツである国を心から愛する気持ちがひしひしと伝わって来る。
眩しそうにそのページをじっと見つめる彼女。

 

 




日本の友人が思いを込めて制作した一冊の本が、
一方の友人の心を捉えて愛でいっぱいになるのを垣間見た瞬間だった。
そこには国境や人種の壁も存在しない。芸術は国境を越えて人の心をつなぐ。
優しい眼差しで本に見入る彼女の姿を見ながら、
いつかルビィとお母様が一緒にこの本のページをめくるそんな日が来るといいなと思った。


色々な歴史背景や時代を経て、
悲しいけれどルビィのお母様のような思考になっている人はたくさんいるのが現実。
自国でなく世界でも有数の多民族国家イギリスに住んでいてもなおである。
JAIPUREの写真を見ながらロンドンの片隅の和食レストランのカウンターで私たちが交わした会話は、

「大事なのはこういう世の中を変えて行く事。
我々の子供達には国境や人種の壁を超える人間になって欲しいし、
そういう教育をしていかないといけない。
人間は愚かで弱い生き物だけど、
せめて憎しみや争いでなくベクトルを愛や希望の方向へ持っていきたいよね」

そんな内容だった。

お互い会った事のない国も人種も違う友人達、
彼女達の根底にある共通点は「モノの見方に愛がある」点で
ルビィも関めぐみも「情熱を持ち続け、とても真剣に自分の人生を生きている」人々だ。
一冊の美しい本からこの日私たちはとても大切な何かを学んだような、そんな気がする。
また一つ、宝物となるような本に出会えた。


人生に降り掛かる事は、例えそれがどんな困難な事であっても、
必ず何かを教えてくれているのだと思う今日この頃。
今年最後の月、ついでに言うと私にとって30代最後の月(!)に
そんな事をじっくり考えた。
出会う人出会うモノすべてに感謝の気持ちでいっぱいだ。
みんなが私に何か大切な事を教えてくれている。
同じ場所をぐるぐる回ったここ数年だったけれど、
今年得たものはきっとかけがえのないものだったのではないかと思う。
「自分を知ろう」とようやく思えたのだから。


来年は、愛でいっぱいの年となるといいな。


『JAIPURE』(Rie Shikiya cnr by chahat × Megumi Seki)
※写真家関めぐみさんが撮り下ろした約100点の写真と、

アクセサリーデザイナーであるシキヤリエさんのドローイングや現地のインド人によるイラストで構成されたビジュアルブック。
仕上がりが全て異なる手製本。
逗子にある雑貨店chahatのオンラインショップにてお取り扱い中。
http://chahat27.com/info/

column by Masae Lamsdale/ラムズデール 昌栄
グラフィックデザイナー/1973年広島県生まれ
都内デザイン事務所勤務を経て、2000年より独立
夫と5歳になる息子、蒼一郎(そういちろう)とイギリス在住
ヴィンテージのデザインやタイポグラフィ、家具が好きで
グッドデザインに基づいたバイイング活動も始動中
イギリスデザイン・ヴィンテージのオンラインショップ&Stillをオープン
http://www.andstill-vintage.com/