父は25年もの間、喫煙と言う(悪しきとは思ってないから、悪しきとは言わない)習慣から抜け出せなかった。「息子が生まれたら止めよう」と思っていたが、それでも止められなかった。煙草は食事や睡眠と同じように生活の一部だったからだ。
いつも思うのだが、健康な喫煙者に煙草の害を論じるのはお門違いである。真っ黒けになった肺の写真を見せられようが、肺癌で死亡する確率を右肩上がりのグラフで見せられようが、民営化した国営企業の借金を返すためと税金をどれだけ課されようが、「吸いたいもんは吸いたい」。これが人の本質である。
誰もが害を語るから、吸う側だって止める弊害の理屈をこねくり回す。私が最も気に入ってる理屈はこうだ。「喫煙者が煙草を止められないのは、煙草の太さが、人間工学に基づき母親の乳首に近い太さにしているからだ」と言うものだ。そう「煙草は、オッパイ」なのだ。だから止められないのだ。それならしょうがない!喫煙者にこの話しをすると、みんな大爆笑だ。「そうか、オッパイならしょうがない。ハハハハ!」救われたような気持ちにすらなってしまう。
かように、人にとってオッパイというのは、神聖で冒さざるものだ。立派な大人がこうだ。小さい子供がいかにオッパイから離れ難いものか想像できるだろうか?
子供の成長には独特な時間軸があって均一ではない。首が座る、ハイハイを始める、喋り始める、歩き始める、オムツが外れる、夜泣きしなくなる、ハシゴが登れる、箸を使える、着替えできるようになる、オッパイを止める、成長には沢山の越えるべき壁があり、いつどんなタイミングで越えるかはその子次第だろう。
息子は、夜泣きなんてほとんどせず、ハイハイも早く始め、掴まり立ちから、歩き出しもスムーズで、2歳になる前にスンナリとオムツも外れた。お話しも上手で、滑舌も良く、歌も上手い。こんなに順調満帆な息子にも1つだけ困ったことがある。3歳になってもオッパイが止められないのだ。
離乳食は、文字通りオッパイから離れて食事に向かう過程の食べ物だが、息子にとっては、離乳食は食事、オッパイはデザートだった。困ったな~と思いつつ、そのままにしていたが、食事は大人顔負けに食べるようになっても、オッパイは一向に止める気配が無い。
他の子はどうしてるのか?色々聞いてみると、1歳ちょっとから、2歳の間に止めてる子が多く、一週間泣き続けさせて諦めさせたとか、オッパイに恐ろしい顔を描いたとか、苦いモノを塗ったとか、止めさせ方も色々だが、あまり言葉でコミュニケーション取れない年齢だからであって、流石に3歳になったら言い聞かせば止めるだろう、そんな風に考えていたのは完璧な間違いであった。それこそ喫煙者に煙草の害を説くのと同じである。
「もうお兄ちゃんなんだから」と言えば「ぼく、ぼく、まだ赤ちゃんだよ」と返してくるし、「もっと美味しいもの沢山あるでしょう?」と聞けば、「オッパイが一番美味しいの」と言うし、オッパイのためなら、キャンディだって、チョコレートだってその瞬間は我慢してしまうのだ。
3歳になったら止めさせよう。そう考えていたらあっという間に3歳になってしまった。効果あるかどうかは不明ながら、日々言い聞かせることと、夜以外は上げないという風にしてみた。日中元気なときには、「ぼくはお兄ちゃんだからもうオッパイは止めるの?」とか「赤ちゃんはバーブバーブしか言えなくて、美味しいもの食べられないから、オッパイ飲むんでしょ」とか、言い聞かせたことをちゃんと理解して止められそうだ。しかし、一旦眠くなったらそんなことはどうでもよくて、オッパイオッパイ~と泣き始める。それでも昼間は諦めさせる。でも夜は本格的に寝るのにオッパイが必要で、不覚にもオッパイ無しで寝てしまった日は、きちんと夜中に目覚めてオッパイを飲むのだ。夜中は寝ぼけるから、上げないと吐くまて泣き続ける。
そんな風に3年3ヶ月が経ち、ついに完全に断乳させることに決め、その日が翌日に迫ってきた。家族総出で「オッパイを止めるというのはどういう事なのか?」を説き続け、息子も流石にもう止めざるをえないのかと観念した雰囲気が出てきた。そんな息子を見ていて、父は胸の痛みを覚えた。
多分、息子から赤ちゃんとしての不完全な要素が無くなり、これから自立することを長い時間かけて覚えて行く、ある意味辛い時期の始まりだと父は判っているからだ。もう一つは、いつまでも赤ん坊のままで居て欲しい、いつまでも赤ん坊のように可愛いがっていたい、そういう私自身の甘えた気持ちを抑えたが故の痛みでもある。
さて、断乳が迫った前日のこと。父とお風呂に入った息子は、お昼寝をしてなかったせいもあって、髪を洗われながらウトウトと気持ちよさそうにしていた。と、突然うっすらと目を開け、両手を伸ばして、父の胸に両手を当てると、暫くそうしていた。まるでオッパイへの決別をしてるように見えた。30秒程もそうしていたと思うと、パチッと目を開けて、ニコッと笑った。その夜は夜通し母のオッパイに吸い付いていたらしい。
翌日、いよいよ段乳する夜になると、息子は最後の抵抗とばかりに、2時間泣いて泣いて泣いて泣き続けた。声が枯れても、「オッパイが欲しいよー」と、深夜の暗闇の中で泣き続けた。そして2時間後。息子は、ヒックヒックしゃくりあげながら、「お茶ちょうだい」と言って、お茶を飲み、眠りに落ちた。
翌日から息子はオッパイを欲しがることはもう無くなった。今までのクセで、「オッパイちょうだい」と言ってしまうこともある、バツが悪そうな、照れくさそうな顔で、「間違えちゃった」と言うようになった。父はそんな息子を誇らしく、少し寂しさも感じながら見ている。
サヨナラ赤ちゃん・・・
そう言えば、父が煙草を止める決心をしたのは、息子と2人で神社に行った時のことだった。
ぜえぜえと急な階段を登った後で、無性に煙草が吸いたくて灰皿を探したが無い。境内の端には大変立派な御神木があって、多分私はその裏にでも回って煙草を吸う気だったと思う。ともかく私が御神木の裏に行ってみると、一人の女性が、そこにしゃがみこんで煙草を吸っていたのだ。その姿を見たとき、私はもう煙草を止められると確信した。そして息子と同じように、止めると決めた前日に心置きなく吸いまくって、そして決めた日から、かれこれ一年半経つが、煙草を吸いたいと考えることはもう無くなった。
あの時、まだ2歳になる前で、とても楽しそうに境内の砂利で遊んでいた息子は、今、オッパイと決別して立派な少年になりつつある。
あの時、煙草を、止める決心をした私は、どうか息子の自立をサポートできる、強い父になれますように、そう神前で手を合わせたのだった。
Column
by LIGHTWOOD/ライトウッド
IT 業界の会社を経営しつつ、現在3才になったばかりの息子の父で
どんな事でも創造する楽しさを教えたいと奮闘中
なるべくデジタル玩具から遠ざけたいと考える父と
父の寝てる間にiPhoneを使いこなすデジタル・ネイティブな3才の息子との闘いが日々続いている
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Katie Zipp (日曜日, 22 1月 2017 04:29)
I'm not sure why but this weblog is loading very slow for me. Is anyone else having this issue or is it a problem on my end? I'll check back later on and see if the problem still exists.