-001.ハチミツは背徳の味

なんだか最近パリではハチミツがはやっているようです。ハチミツが、というよりは、ミツバチを育てるのが、といった方が正しいのかもしれません。いえ、パリだけではなく、ミラノやニューヨークそしてもちろん東京でも人気と聞きます。

こちらパリでは、市内のほとんどの公園にたくさんの巣箱が置かれていて、最近では有名ショコラティエや化粧品会社などでもミツバチを飼い始めています。ブームの背景には、数年前、ミツバチがいなくなった大事件が起こりエコロジーについて考える機会が増えるなど、いろんな理由があるのだけど、難しいことはさておき、パリの至る所でミツバチが暮らしているなんて、ちょっと面白いと思いませんか?

パリではバスティーユ近辺に滞在することが多い私。仕事の合間やちょっと考えごとをする時に、ふらりと歩く散歩道があります。右岸からサンルイ島へ渡り、左岸へ。ちょうど今、10月のセーヌ河岸は、少しずつ黄色に染まってゆくマロニエの葉の色がとても美しく、いつまでも眺めていたくなるほどです。このセーヌを望む角地に建つ1軒のレストランが、今回ご紹介したいミツバチの棲みかです。美食好きな方はもうピンときているでしょうね。鴨料理で有名なレストラン「LA TOUR D’ARGENT」です。

あの高級ガストロノミーのなかにハチの巣箱? と私も初めはびっくりしました。ミツバチなんて飼ってしまったら、万が一おしゃれして 食事を楽しむマダム達が刺されでもしたら、大変なことになってしまうはずですよね。でも大丈夫。実はミツバチはめったに人を刺すことはありません。ミツバ チも人を刺してしまうと針が身体から取れてお腹が破裂、死んでしまうのだそう。だから大きな音を立てて脅かしたり、殺そうとしたりしない限り大丈夫。それに、何よりミツバチたちは花の蜜を集めることで頭がいっぱいなのです。

そんなミツバチの特性を理解したレストランのオーナーが、ここでミツバチを飼うことを決めたのが今年の6月。セーヌ川岸から6階建てのレストランの屋上を よくよく眺めると、かわいらしいハチのお家が並んでいるのが見えます。もちろん屋上からの眺めはため息が出るほどの美しさです。人もうらやむ素敵な場 所でミツバチたちはブンブン元気に飛び回っています

そろそろマロニエや栗の木のミツをせっせと集めたミツバチたちの秋の収穫が味わえるころ。さてさて、 LA TOUR D’ARGENTのハチミツは……。とってもさっぱり。お料理にも使えるさわやかな味です。さすが、ガストロで飼われるミツバチたち! 日頃から1階下のキッチンをよく見ているのでしょう。 素材を生かす料理向きのハチミツを日々製造中なのです。というのは冗談ですが、パリ市内で採れたハチミツは、公園や街路樹に咲くいろんな種類の花のミツを 集めるためか、華やかで軽やかな味と香りのものが多い気がします。

場所だけではなく、ハチミツは季節や気温、年によってまったく違う味に仕上がります。だからワインのように食材とハチミツのマリアージュを楽しむこともで きますよ。私のお勧めは、季節の白身魚をグリエし、菩提樹のハチミツとビネーグルに少しのお塩を足して塗ったもの。シンプルだけど、口に含むとふわんと夏 の思い出が漂います。

私の家では、私が幼いころからハチミツは欠かせない存在で、炒め物や煮物などいろんなお料理にハチミツを使っていました。今も、ヨー グルトにはこれ! 炒め物にはこれ! と母は使い分けているようです。でも、小さいころ一番おいしかったのは、お留守番中に椅子に上って棚から取り出し、こっそり瓶のふたを開けてぺロリと舐めたあのハチミツの味。ハチミツはちょっぴり背徳の味がします。

LA TOUR D’ARGENT
15-17, quai de la Tournelle 75005 Paris
01.43.54.23.31

column by Shirato Yumiko
1977年、東京生まれ。雑誌編集者

只今同学年の在仏シェフを描いたドキュメンタリー本も制作中

発表できる日はいつになることやら。実は甘いものよりも肉が好き

スイーツ好きとは違う観点で心がキュンとする世界中のシュクレを、パリを中心に紹介していきます